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竹村健一が好きだった

なぜか今日、ふと、竹村健一氏のことを思い出した。

 

今の若い人は誰も知らないだろうが、昔、有名だった評論家だ。

私は、ずっと昔からこの人のことが好きだった。

 

中学生の頃(40年ほど前)、「ルックルックこんにちは」という平日8時30分からのモーニングショー的番組があった。

その中で「世相講談」という短いコーナーがあり、子供向けではないが主婦層にわかりやすい、政治経済の話をしていたのが、ジャーナリストであり評論家である竹村健一氏だった。

 

当時、政治や経済に何の興味もなかったが、なぜかこの竹村健一という人物が好きで、このコーナーを見たさ半分、めんどくさい半分で学校をズルずる休みしたことが何度かあるほどだ。

口は悪いし態度もデカい、見てくれも悪いが、子供でも納得感のある本質をついた話や、たまに見せる笑顔や愛嬌が、悪印象のすべてを帳消しにさせる、不思議な魅力を持つ人物だった。

 

その後、会社で勤め始めたころには、AMラジオ番組「竹村健一のズバリジャーナル」という短い世相評論番組をずっと聞いていたのだが、その番組内で竹村健一氏が、ふと語った一文が、今の人生に大きな影響を与えてくれたと本気で思っている。

 

その言葉とは、「賢者は歴史に学び、愚者は経験に学ぶ」。

後に、ビスマルクの言葉だと知った。

 

若かった私はこの言葉を素直に受け取り、「経験」による遅い成長より「先人」の経験に基づく洗練された知恵を学ぶ事にした。

学ぶべき「先人」はどこにいるのか?それは本屋である。

先人たちが自らの経験や学んだことを整理して、本質を紡ぎ出し、言葉を磨いて、本屋で待ってくれている。

本屋は、「本」が集まる場所でなく「先人」が集まる場所である。

それは、生涯にわたって良い影響を与え続ける気づきだった。

 

あれほど聞いてきた竹村健一氏の言葉で、今覚えているのは、その一文だけである。

それ以外の話は無駄だったのか?もちろんそうではない。

小石を積上げることに夢中になっているうち、大きなダイヤを一つ発見しただけ。石積みをしていないとダイヤも発見はできない。

 

まさしく読書もそう。何百冊を読んで一文に出会うのが読書だ。

 

その後、新幹線のグリーン車に乗れるようになってからのある日、竹村健一氏と車内で出会ったことがある。

話したい事、聞きたい事、何より「おかげさまで」と伝えたい感謝はたくさんあったが、座っている竹村氏に「いつも拝見しております」と握手を求めることしかできなかった。

その時、無意識に竹村氏より頭が下になるよう、思わずひざまずいて両手で握手を求めていた。尊敬しているから邪魔したくない。

満面の笑みで「はいはい」と握手に応えてくれたが、図らずも想いは伝わっていたのかもしれない。

 

人生の後半では世界各地でのスキーを楽しみ、ソニー創業者の盛田昭夫氏と家族ぐるみで人生を楽しんでいるようだった。

10年前から出版もなく、昨年、89歳でお亡くなりになった。

 

竹村さん、ありがとうございます。

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