日記

電車での葛藤

以前にも書いたかもしれないけど、電車で席を譲るとき、その方が女性なら、例え50代くらいでもあまり考える必要も無く「どうぞどうぞ」と言って席を立てるのに、相手が男性の場合、それが非常に難しくなってしまう。男には妙なプライドがあったりするから。

明らかに老人であればいいけど、見た目は年配ながらも、つり革もってスクっと立ってられると、しばし心の中で葛藤が始まる。単純に、年配者として譲るべきか、はたまた、男同士として対等に接するべきか。

昔、年寄り扱いするなと言わんばかりに完全無視で座ってくれなかった事があった。

それを避けるため座っていると、今度は平気な顔して座ってる自分の姿が嫌になる。

そして今夜、この場面が訪れた。判断に迷う微妙な風貌だが、どちらかと言えばじいさん寄りの感じ。

実は最近、自分なりの解決法でこの場面を切り抜けている。

何も言わず目も合わさず、いかにも次の駅で降りるテイでドアのほうに歩いてゆく。そうすると妙な葛藤も抱かず、その方もラッキーとばかりに素直に座ってくれる。

・・・ハズなのだが、今日は違った。

目も合わさずドアの近くに歩いてゆき、無意味に車内広告を読んでいたが、ふと、窓ガラスの反射越しに見ると、立ち去った席が空いたまま。じいさんも立ったままだ。

あぁ、久々にやられた。じいさん、もっと素直に座ってくれりゃいいのに。

ホンマぁ、俺は今日、腰が痛いうえにあと5つも駅があるんだ。ったくぅ。そんなふうに心の中でボヤいてたら、しっかりした感触で肩をポンポンと叩かれた。

ハッとして振り返ると、さっきのじいさんがニッコリと微笑みながら「にいさん、ありがとな。ワシここで降りるんでなぁ」と片手あげて降りていった。

そこからは、まるでベタなドラマのワンシーンのよう。

窓ガラスに映る自分と目を合わせながら対話していた。お前は親切ぶってるけどホントは自分の立ち振る舞いを気にしてるだけなんだろと。ええカッコしぃのわりに感謝されなきゃ腹が立つなんて、お前、ちっこいなぁ。

確かに、自分はこういう人物でありたいという理想像があり、そのように立ち振る舞おうとしている。だけど、まだまだホンマもんじゃない。まだまだ心が小さい。

昔に比べれば、少しは平和的になったし利他で考えられるようになったかもしれない。しかし、人間として目指したい「徳」なんてものは、遥か彼方の姿であり、ちっとも近づいている気もしない。

自分が席を譲られる頃までには、ほんの少しでも「徳」なんてもの持てるのだろうか。それは、いわゆる「成功」なんかよりも、遥かに得がたいもののような気がする。

少なくとも今夜のように、素直にありがとうと言えるじいさんにはなっておきたい。

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