日記

自分が死ぬ夢

自己記憶として書いておきたい。実はこの1カ月で3回も自分が死ぬ夢を見た。

忘れているだけかもしれないが、今までそんな夢を見た記憶がない。
それなのに・・・1か月で3回も見たのだ。

1つは忘れたが、あとの2回は起きた瞬間に記憶をたどったのでよく覚えている。

ひとつは、スプラッター映画さながらの恐ろしいもの。

薄暗い部屋で手足を縛られ椅子に座っている。私を含め10人位が処刑されるようだ。目の前で一人が処刑される。パンストを無理やり破いたように顔が引きちぎれるのだ。

端から順番でもない。次は誰か分からない状態で確実に一人ずつ処刑される。なぜ?とか逃げる方法は?など考えていない。逃げようがないと自覚している。

次は自分だと覚悟を決め「痛みは瞬間で終わるのだ!」と自分に言い聞かせている。
そこで目が覚めた。そんな映画や話を最近観たり考えたりした事もないのに。

もうひとつは、溶岩に飲み込まれる夢だ。 ホントわけがわからん。

車がすれ違える程の広い山道があり、その両脇道が2mほど低く草むらになっている。なぜか、私たち百人位がその草むらをギュウギュウ詰めで移動しているのだ。

しばらくすると山道の上から燃えたぎる明るいオレンジ色の溶岩が流れてきた。この溶岩が両脇道に流れ込み、逃げ場のない私たちは死ぬ運命なのだ。

私のすぐ近くに、よく知っている人が2人いた。

溶岩が私の背後に近づいた時、私はその人達の上に覆いかぶさった。こんなことをしても私が焼けて数秒後にはその人達も死ぬのはわかっている。

この時も、「痛みは瞬間で終わるのだ!」と自分に言い聞かせて自分を鼓舞した。溶岩の耐えがたい熱を背中に感じた瞬間に目が覚めた。

このシーンに関しては少し覚えがある。

これは夢の中でも思ったんだけど、あぁ阪神淡路大震災の時と同じだ!と思った。

阪神淡路大震災の時、暗闇の中、小さな息子と妻が寝ている部屋まで転がりながら行って2人の背中に覆いかぶさった。マンションの天井が抜け落ちるなと思ったので背中で守ろうとしたのだが、頭の片隅に、でも一緒に押しつぶされるから数秒の違いだろうなと感じてた。

夢の中でも冷静に、あの時と同じだ…と思った。

そういえば、死の恐怖に耐えるため「痛みは瞬間に終わる!」と言い聞かせているのも、少し思い当たるフシがある。

少々話が脱線するが・・・私だって自殺が頭をよぎったことはある。誤解のないように言うと、もちろん真剣に考えたわけでなく、多くの人と同じように「死んだら面倒なこともなくて楽だろうなぁ」とちょっと思った事がある程度だ。

ただ、自殺者の思考は「生か死か」でなく「苦か楽か」なのでその思考も危険だが。

しかし、マンション飛び降りとか、電車に飛び込みなんてあり得ないだろうと。めちゃくちゃ痛そうで、考えただけで目が覚めそうだ。でも現実には日本のどこかで毎日6人が飛び降り、2人が電車に飛び込み自殺している。

そういう人たちが、その瞬間にどう踏ん切りをつけるのだろうと想像してみると、「痛みは瞬間に終り、そこからすべてが楽になる」と考えるのかなぁと思ったことがある。

だから夢の中でも「痛みは瞬間に終わる!」と自分を鼓舞したのかなと。

どちらの夢も死ぬ直前に目が覚めて、”覚悟”は体感したものの “死”は体感していない。最近、死について深く考えたわけでもなく、今、その夢を見る流れが全く分からない。

しかし、今まで見たこともなかった「自分が死ぬ夢」を1ヵ月で3回も見たのだから、どうしても、何かの暗示か?と思わざるを得ないのだ。

「自分が死ぬ夢」で検索するとおおむねポジティブな現象との記述が多い

しかし、そんな夢を見た本人としては、あまり良い心地ではない。もちろん、それで落ち込むわけでもないが、ただただ不思議で仕方ないんだ。

いつか必ずやってくる「死」について想像する時、いつも思う事がある。

それは、たとえ今日突然死んでも悔いは一つもないと感じていることだ。ホントに。夢の中で死を覚悟した瞬間も、心残りは何もなかった。もちろん、やりたいことはたくさんあるし、自分の未来も凄く楽しみ。

それでも悔いは全く無い。好きなようにビジネスもやった、趣味も色々やった。価値観にそって自由に生きてこれた。自分としてはよくできた人生だと思っている。

ん? なんだか、お別れを言ってるみたいな感じだな。:-)

なんやかんやで、おそらく軽く100歳は越えて生きると思うのでご心配なく。

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