もう、あきらめかけてるけど、やっぱり知りたくはないだろうか
宇宙の果てがどうなっているのか・・・。
でも、そもそも質問が間違ってるんだろうなとは薄々気づいている。
「果て」
そう。 端っことか、内側外側などという概念そのものが通用しないのだろう。
いや、上下も左右もない。遠い近いもない。
それらは、主体を自分とした時にだけ通用する計測法。
定番のホーキングや、話題になったリサ・ランドール『ワープする宇宙』など、宇宙概念本も色々と読んではみたがどうもピンとこない。
だから、学者の話は無視して、私が答を出しましょう。 何様(笑)
リサ博士。 いいかい、よく聞いておくれ。
宇宙とは何かを公式にするとこうなんだ。 U=S
Ucyuu(宇宙)=Shikou(思考)ってこと。 そう、意外と日本語だよ。
「宇宙」と言うのは、人間の「思考」と同じなのではないかと思う。
何かを考えているとき、思考という空間の存在を確かに感じることができる。
ただ、思考という空間は存在するが、それを形に現すことはできない。
思考空間には上下も左右もない。
しかも、果てがない。
「果て」と感じているのは、今、現時点での既知の限界であって、その限界は毎時毎秒拡がっており、新たに増えることもあるし、もともと有ったものが顕在化するものもある。 思考とは無限に拡がり続ける空間。
思考の拡がりが止まる時、それは脳が止まった時。
つまり死ぬまで「果て」を確定することはできないということ。
だから、現時点で宇宙に果てはない。
「果て」が確定するのは宇宙が死んだ時。
宇宙について知りたいなら望遠鏡を覗いてもムダ。頭の中を覗くべし。
ということで、私の中では「宇宙の果て」という謎に、結論を付けた。
我ながらスッキリしている。
思考空間を表現するとしたら 「宇宙に似ている」 以外の表現があるだろうか。
宇宙空間という、この世で一番大きな「有」は、
思考空間という、この世で一番小さな「無」と同じ。
ロマンチックだ。
