音楽を意識して聞きはじめたのは小学5年の時だった。
当時、人前で話をする機会が多かった父親が、原稿を音読して録音しチェックするためにカセットテープレコーダーを買ったのがきっかけだ。
(確か、初めて我が家にやってきたラジカセはこれだったと思う)
1975年、当時の子供にとってこれほど興味をそそられるマシンはない。
でも、そんな私の目に危険を感じたのか、父から「壊れるから触ったらアカン」と言われてしまった。
もちろん、そんな一言で手を出せないほど子供の好奇心は弱くない。
父の留守中に、こっそり箱から出してきては触っていた。
最初にハマったのは初めて聞いたFMラジオだった。
AMラジオのような大人のくだらない会話やテレビでおなじみの歌謡曲とは違い、FMからは聞いたことのない海外の音楽がドンドンと流れてきた。
英語で歌われるロックやカントリー、ポピュラーミュージックそれにクラシック。
流れてくる音楽すべてが新鮮で まさに”噛り付いて聞いた”という表現が的確。
女性カントリーのタニヤ・タッカーや、やさしく愛して、ロンリーボーイ等々。
そのうち、父が録音した音読テープの上に重ねて、FMから次々と流れる音楽を録音し繰り返し聞いた。
さらには、ずっと音楽を聴いていたくて、よく学校をサボりはじめた。
学校が嫌いなのではなく、音楽が好き過ぎたのだ。まぁ健康的な問題児だった。
それが、ある日の出来事で、父から「自由に使っていい」という許可が下りた。
それは、家族でレストランに行った時だった。
レストランと言っても、海老フライとかハンバーグがご馳走だった時代だから、今のファミレスのようなものだけど・・・。
レストランの店内にクラシック音楽が流れていた。
はっきりとは思い出せないけど、たぶん「月光」だったと思う。
食事をしながら私は何気なくつぶやいた。「ベートーヴェンの月光」
何の意図もなく、ただ、知っている曲の題名をつぶやいただけだった。
小学5年生。その時のことを今でもよく覚えている。
次の瞬間、口数の少ない父が私に向かって「そんなに音楽が好きなんか。 ・・・・・・お父さんのラジカセを使って良いよ」
父から褒められた記憶は無いけど、子供心に父が喜んでいるのがわかった。
その時は子供だったから、心の中で、「言われんでも使ってるけど・・・へへっ」と思いながら、これで夜もずっと音楽が聴ける!と思うと嬉しくてしかたなかった。
でも、本当は、私が隠れてラジカセを使っていたことを知っていたんだろうなぁ。
もう18年前に父は亡くなったけど、今、それを思い出しながら、父の想いをかみしめている。
その後、中学1年生になった頃にもう一つのきっかけで完全に音楽小僧になった。
ある日の朝、父母も私たち兄弟もそれぞれが出勤・通学する直前のバタバタしている朝、母が言った。
「グレンミラーオーケストラのレコードが聴きたいからステレオを買おうか」と。
何のこっちゃと思いながらも、意外なことに父も「そうやな、ワシも八代亜紀のレコード聴きたいしな」と言った。
私はふーんと聞いていたが、1週間位してから我が家に(風呂なしの賃貸長屋ですが)バカでかいステレオフルセット様(横幅2m高さ70cmくらい)が納品された。
「20万円もしたええやつやで!」と母が自慢げに言っていた。
今調べてみると、当時の大卒初任給は12万円だったので、まぁ長屋の住人にしては息子やご近所に自慢のひとつも言いたいだろう。
両親もこの日が楽しみだったのか、納品時には早速、グレンミラーと八代亜紀のレコードが用意されていた。
そして、家族4人でコーヒーを入れてからグレンミラーオーケストラのLPに針を落とした。今でも覚えているが、1曲目は「ムーンライトセレナーデ」だった。
もちろん、音楽小僧の私は興味しんしんだったが、中学1年生で子供らしい反抗期でもあり、ガキみたいに無邪気に飛びつくわけにはいかなかった。
たぶん最初の1週間くらいは、家族が揃ってからステレオのカバーをはずして、コーヒーを飲みながら「やっぱりええなぁ~」とか言いながら聴いていたと思う。
でも、すぐにステレオ様はほとんど私が独り占めして聴くようになった。
学校から帰ったら寝る直前までずっと、ヘッドフォンをかけ、キッスのLP(ALIVE)を大音量で聴いていた。
あの頃、月のこずかいが2000円。
LP1枚2500円だったから、数日パン代をがまんして月に1枚づつLPを増やしていった。少年の感受性とお金の問題で、それこそ擦り切れまくるほど聴きこんだ。
小学校5年でラジカセと洋楽に出会い、中学1年でステレオに出会ったことで、完全に音楽に魅せられた。
で、今、この文章を書きながら凄いことに気付いてしまった・・・。
あれほど「グレンミラーだ!八代亜紀だ!」と言って凄く高いステレオを買った父も母も、その後、ただの1枚もレコードを追加で買っていなかった・・・。
そうか。
子供のために買ったんだね。
ありがとう。ありがとう。ごめん。